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2010年3月 2日 (火)

止まれの時間、神様がくれた貴重な時間

学校から帰った息子がなにやら

「すごい、すごい」と叫んでいる。

「何がすごいの?」と聞いてみると

外国の誰だか偉い先生の考え方によると

うんぬんかんぬん・・・という話

歌の発声法の指導にいらした先生から聞いた話だそうだ

  「今ここに、扉があるとする。どうする?」

  「開けてみるかなぁ、押してみる」

  「押してみて、開かなかったら?」

  「押してダメなら、引いてみなだよね」

  「押しても、引いても開かなかったら、どうする?」

  「う~ん・・・色々やって・・・・ぶっこわしちゃうかも」

  「やら~全部DOなんやて。DO,DO,DO,なんやて」

  「ふむむ・・・どうゆうことかしらん」

  「みんな、大抵は何とかして開けようとする、する、する、するをし続けとる
  それを止める。やめて見るという考え方があるんやて。
  DOを止めて、見てみたらなんや、こんな所に開けるボタンがあったって
  事もあるんやって事。
  本当に開ける必要があるかな?、必要ないかもしれないな。
  どうなんだろう  と一旦開けるのを止める。
  つまり、ずっと足し算の考え方を引き算にしてみる。
  これは必要か→必要じゃない
  これは本当に大切な事か→いやそれほどでもないと引き算していく
  すると、最後に本当に自分にとって大切なことが見えてくる
  自分という姿が見えてくるって考え方」

  「ほ~なるほど~」

  「そうなんやて、めちゃすごいわ~、楽になった気せん?色んな考え方があるよな~」
  とニッコリしている。

で、今母ちゃんは、彼の話を聞いて「神様がくれた時間」について考えている。

人間生きてりゃ、色んな事がおこる。

自分にとって幸と思われること、そうでないこと。

ずっと、一本調子で走っている訳にはいかないよな

たまに、「止まれ!」って神様が言う時があるし

そんな時、母ちゃんの場合、大抵はうろたえる

次に、「ど~すんの?も~最悪~。ダメかも」的思考に

で、「見なかったことにしようかな~、逃げたら楽になるよな~」と・・・

んで、「でもでも、頑張らんと!頑張るよ!頑張っちゃうよ私」みたいな

気持ちがカラカラ空回りってとこに落ち着く

自分でも嫌になるほど単純でばかみたい

 

この行動パターンに彼の言ったことを加えるとどうなるか

「止まれ~」の時が、まさに見るチャンスということになる。

見えなかったものが見えるチャンス

大切なものがはっきりと解るチャンス

そういう考え方をすれば

「止まれ~」は辛いよ~と思ってたけど

止まれの時間も大切に思える。

よし!神様がくれた貴重な時間を愉しむことにするか!

で・・・・発声法の話はどうなったの?

まっいいか、明日またゆっくり聞きましょう。

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